●●●1550年4月●●● 日本人はアイヌ民族を"蝦夷"と称してきた。 彼らは古代より差別し続けられ、幾度の大反乱を起こした。 戦国期ではアイヌ民族はわずか4千石の雑魚だった。 しかし、彼らには意地がある。 それは長期間にわたる差別により溜まった鬱憤だったのかもしれない。 何はともあれ、とてつもないエネルギーが彼らにはあった…。 武将はチコモタイン、ハシタインという非常に馴染みやすい名を持つ男たちだ。 蝦夷はアイヌ民族と蠣崎家(かきざき)が支配している。 蠣崎家は6千石の雑魚だが、アイヌから見れば強敵だ。 すぐ下の北陸奥には4万9千石の南部家が構えており、早くもピンチの陣容だ。 邪道だろうが何だろうが、とにかく城をとればいいんじゃぁぁぁ!! ■■■方針■■■ 最初の兵力は足軽200。 守備兵より少ない… 南部には勝てないので、兵をためて蝦夷統一を目指す。 南部とは不戦同盟は金が必要なので従属。 守備兵に勝てるぐらいまで徴兵を続け、たまったら攻める。 |
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●●●1550年12月●●● やっと勝山館の守備兵に勝てるくらい兵がたまった…。 兵をためるだけで、8ヶ月…。 ホントに蝦夷を統一出来るのか? やっと攻めることが出来るな。 ■■■方針■■■ 守備兵が0になるまで攻め続ける。 いつもの通り、攻める→退却→攻める→退却の要領で… かなり面倒な事になるな…。 援軍が来たら終わりだ…。 攻めろ! |
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●●●1551年5月●●● ようやく勝山館ゲット。 この城を攻めるだけで1時間くらい掛けてしまった…。 恐ろしいほどの確率で援軍が来ました。 何はともあれ城3つ、6.4千石。 蠣崎は4.2千石なのでアイヌの方が上だ! 南部が攻めてきたので従属した。 財政的には結構苦しく、徴兵は控える…と行きたいところだが、蝦夷を統一すれば嫌でも金は入ってくる…だろう。 楽観的だな…。 ■■■方針■■■ 大館は武将が一人いるが、移動しそうに無いので攻める。 ハシタインらは能力があまり高くないので、多めに兵をためる。 南部が、勢力を拡大しない事を祈る…。 安藤、がんばれ! |
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●●●1551年12月●●● 大館を陥落させ、蠣崎家を包囲した。(特に意味はないが…) これまた1時間くらい費やしましたね。 ついに1.1万石となり、一万石を突破。 郎党が出現し、武将は3人に…。 郎党弱いなぁ…。 武将欲しいなぁ…。 ■■■方針■■■ さて茂別館だが、兵糧攻めだと時間がかかるので(マジで)、強襲で行きます。 蝦夷統一まであと少し…。 アイヌ民族の意地を見せろ! | |
●●●1552年5月●●● 蠣崎家滅亡。 蠣崎家の武将は数人だが逃がしてしまった…。 が、何はともあれ蝦夷統一! 一つの地方を制覇したのだ。 ハッハッハ。 石高は1.3万石。 …少なっ! 蝦夷ダメじゃん。 ■■■方針■■■ 南部家や南部家に従属している大浦を家攻めたいが―― 南部は総勢5千、大浦は2千だ。 0.5千のアイヌでは到底かなわない。なので兵をためる。 しかし武将ほしいなぁ… | |
●●●1552年6月●●● 武将不足を補うためについに邪道を…。 滅亡しそうだった上野長野家の長野業正(8,3,7)を調達。 天罰…かどうか知らないが、大浦と南部に攻められた。 だが、こんな逆境如き…アイヌ民族の意地で何とかしてやる。(逆境○にしてやる。) 南部と不戦同盟を結んでいる大名に従属だ。 こうすることで経費ゼロで南部と同盟できるのである。 南部が南下するのを待つ作戦だ。 ■■■方針■■■ とりあえず領地を守らなければ。 何故か、蝦夷に港がない…。 未開拓地…。 期を待つ。 | |
●●●1552年9月●●● 大浦家が南部家に臣従し、城に武将がいなくなったので独立。 十三湊城に攻め込む。 南部家は葛西家を相手に手こずっている…。(情けない…) すぐには戻ってこないだろう。 ここは効率を最優先させる。 金なんて二の次だ! ホクロは二の腕だ! ■■■方針■■■ 急げ! 命令はそれだけだ。 北陸奥の玄関口を…。 でも、港が無いということは船もないよな…。 どうやって海を渡るんだ? まさか…これから冬だぞ! | |
●●●1553年6月●●● ふぅ…かなり疲れた。時間掛けすぎたな。 1時間半くらい掛けてしまった。 長野業正の奇襲などで何とか十三湊城、浪岡城、大浦城を陥落させた。 石高は6万7千石…。 蝦夷は…狭かった。 ってか何でこんなに差があるんだ! 海を跨いだだけなのに。 ついに赤字になった。 徴兵と戦のしすぎで…。 太田雑賀衆の二人を調達した。 二人とも(7,1,1)だ。 知内チャシが攻められてる気がするが、気にせず進もう。 おい…。 ■■■方針■■■ まぁ知内チャシは一応強化したし、落ちないだろう。 落ちる前に田名部城を落とせばいいんだ。 いい調子だ… このまま攻め続ける。 それにしても港がない…。 北陸奥にも無いのか…想定の範囲外だ。 ここから最短の港は…ぇ? 越後…?春日山城…? 遠くないっすか? | |
●●●1554年2月●●● 長野君、太田君は本当に役に立つ。 可哀想なことに所属アイヌ民族になってるけど。 ハシタインらは出番ほとんどなし。 11月くらいにかなり危なくなったので、一旦従属したがその後期をみて、独立。 結構何とかなるんだなぁ。 人生って。 ↑何か勘違いしている。 10.3万石。 北陸奥統一も夢じゃなくなってきた。 相変わらず赤字だ…。でも無視しかない…。 南部家はなかなか悲惨な役回りだよな。 ――と、今思った。 ■■■方針■■■ 北陸奥統一を目指す。 …。 | |
●●●1554年7月●●● 何とか三戸城、根城、檜山城を陥落させ、1ランク上がったアイヌ民族。 これまた時間がかかりましたよ。 勢力の上では南部さえも上回った。 石高は18.2万石。 軌道に乗ってきている。 ついに赤字脱出し、ちょっとずつだが資金が増えてきている。 赤字なんて、もうごめんだ。 分かる?あの辛さ…。 毎月のように兵が消えていく空しさ。 想像を絶する世界ですよ。 ■■■方針■■■ 赤字脱出したことだし、調子に乗ってどんどん攻める。 行けー、行けー。 | |
●●●1555年1月●●● あっ!という間に城を落としまくった。 6ヶ月間"あっ!"っと言ってた訳だが…。 湊城、十狐城、九戸城、田名部城、根城館、山根館、角館城。 1ヶ月1城のペースだ。 石高42万石。 さすがに金が減ってきた…。 ぎりぎり黒字…。 ギリギリチョップッ!! …。 ■■■方針■■■ 小大名はこちらから同盟を仕掛け、成功したら→従属→臣従、という流れで傘下に組み入れる。 アイヌドア…。 南部は…もう投了すべきだ。 もちろん、はね除けるけど。 …。 | |
●●●1555年8月●●● 北出羽・南出羽・中陸奥・北陸奥・蝦夷の大名はことごとく臣従させた。 北方から来た異民族に臣従するなんて…。 何て心の広いお方たちだ…。 現在、123万石。 一気に急成長を遂げたアイヌドア…じゃなくてアイヌ民族。 堂々の3位だ。 2位と3位の間にはどでかい山があるが。 まだギリギリ黒字を保っている。 粘りけ強いな…。 アイヌ民族って結構、優れているんじゃないか? と、思い始めた自分がいた…。 ■■■方針■■■ とりあえず、北条・武田に現在攻められている上杉を攻めるのが得策と読んだ。 多分…勝てる。 多分…。 アイヌ民族の強さを見せてやれ…。 | |
●●●1556年6月●●● 北条・武田・アイヌ民族という有力大名に攻められていた上杉は脆くも崩れ去った。 上杉の領地をほぼ丸ごと奪い取った。 アイヌの集団民族戦法?のおかげ? 椎名家・蘆名家を臣従させ、ぐんぐん石高をあげた。 その勢いは今川に追いつくほど。 今川との差は20万石。 ■■■方針■■■ 直接、今川を攻めるような事はしない。 北条に蜜を吸われるだけだろう。 よって、今川とは同盟を結び、武田を攻める。 南陸奥の北条の城が異常に手薄なので、時を見計らって攻め込む。 北条と今川を抜く。 | |
●●●1556年11月●●● 北条・アイヌ民族から攻められた武田はもう終わりだ…。 潔く早く臣従しておけば良かったものを…。 無駄に粘りおって…。 北条に少し利を取られたじゃないか。 見てみぃ! 本隊を惣社に閉じ込められ、どうすることもできないじゃないか。 こうなることは予測できたはずだろ。 まったく…。 …。 アイヌ民族は石高で今川を抜き、2位になっている。 北条との差も少しだけだ。 ■■■方針■■■ 武田を引き続き攻める。 朝倉との戦端も開けたので、そちらは軍団に任せる。 しっかり働いてくれよぉ! | |
●●●1557年5月●●● 小諸城を陥落させたところで、武田が従属志願。 すぐさま臣従させ、傘下へ組み入れる。 アイヌドアはさらに巨大なグループとなっていった…。 今川との不戦同盟を破棄し、攻める。 …。 って、石高がいつの間にか1位に! ばんざーい。う゛ぁんざーい。 昔、『百歳万歳』っていう番組あった気が…。 アイヌ民族がついに…。 涙が…。 ■■■方針■■■ 今川の横っ腹を突く、突く、突く。 貫通させる。 朝倉は軍団に任せる。 対今川に全力を注ぐ。 曾祖父… ペシッ! | |
●●●1557年8月●●● 駿河・遠江の城は殆どが強化されていなかったらしく、どれも1ヶ月で落とすことが出来た。 2位の北条との差も結構広まってきている。 このまま行けば…フフフ。 フフ…フフフ…フフフ…。 いかん、笑いがとまらん。 フフフフ…フ…フ…。 フフフ…フフ…。 フ…h―― アチョッ! はぁ止まった。 北条は攻めるところがない、という理由で不戦同盟を破棄してきた! ★興国寺の戦い★ 民族軍4.5万、北条軍13万。 不利? ■■■方針■■■ 陣形から見れば、不利でも何でもない。 初戦さえ勝てれば…行ける。 | |
●●●1557年8月●●● 武田信玄君の奇襲が成功し、興国寺の戦いに勝利。 多くの武将を捕虜として捕まえた。 時流はアイヌ民族の方向に向かって動いている。 これが、武力の力か…。 興国寺の戦いに続いて、北条を叩く。 たんこぶがへこむ位まで叩く!。 ポコポコ…。 ■■■方針■■■ たんこぶって、凹むのかどうか不安だ。 ボコボコ…。 | |
●●●1559年6月●●● 興国寺の戦いから2年が経ち…。 当時の目論見通り、北条は衰退しついにアイヌに下った。 北条を下した途端、何故か中国の大名を臣従させまくり。 戦国時代はよくわからん…。 中部の大名、まだ反抗してるし…。 戦国時代はよくわからん…。 石高はあっという間に950万石…。 ■■■方針■■■ 次なる敵は今川だ。 他の大名とは不戦→従属→臣従させていく。 | |
●●●1559年11月●●● 見ても分かるとおり、敵なしである。 あの後、すぐ今川を臣従させ、その勢いでその他大勢の大名をあれよあれよと臣従。 今の敵は九州の佐田家ただ一つだ。 あー、九州まで兵動かすのめんどくさい。 ■■■方針■■■ ここまで来たら方針もないでしょ。 | |
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●●●1560年1月●●● と、いうわけで統一。 ▲▲▲感想▲▲▲ 忠実では、あり得ない話ですよね。 "遙か北の国から来た異民族が天下を統一"何てのは。 でも、やってて楽しかったです。 確かに殺し合いのゲームなんですけど、その中にも何か学ぶ物があるんです。 言葉では表せないですけど。 アイヌ民族は結局、最後まで新武将がでませんでした。 というか、途中から90l以上が陸奥以南の兵なんですよね。 蝦夷で徴兵できたのは20人/月…。 一応ハシタインは当主ということで前線にいましたが、チコモタインなんか蝦夷で、ボケーッっとしてました。 鰯でも釣ってたんでしょうか。 兵引き連れて…。 戦国史の中では"アイヌ民族"という集団は少し、他とは違った匂いをもっています。 甘いとか渋いとかじゃないですよ。 言葉では表せないですけど。 "アイヌ民族"というのは戦国史を始めた人なら分かるでしょうが、とにかく目立ちます。 だってカタカナはアイヌ以外ありませんもの。 城がチャシとなっているのも興味深いですよね。 このゲーム意外と細かいんですよ。精密なんです。 かなり勉強になります。 何より、好きになります。 歴史が。ハイ、好きです。 多分、歴史好きを千人くらい増やしたんじゃないでしょうか。 功績バッチリ。 でも、アイヌ民族クリアは本当に難しかったです。 長宗我部家、真田家、宇喜多家よりもかなり難しいです。 勿論、その3大名もそれなりに難しいですが、格が違います。 恐らくアイヌでクリアした人はいないんじゃないでしょうか。 僕以外に…。 改造はなしですよ。 いくら時間があっても運がなくてはクリアできません。 プレイ時間…数えてましたが72時間ですね。 3日間ぶっ続けてやってたのか…。 セーブデータは総計981個。 0.97GB…。 中毒になります。 でもこの戦国史というゲームを作って頂いたasaka氏に感謝♪ 感謝して、この雑記を終わりたいと思います。 アイヌ民族も意地を見せることが出来て満足でしょう。 2006年3月20日 著者 退助、協力者 コロッケ 完 |